多彩なイマジネーションを
一杯のティーカップに込めて…

山田詩子が描く紅茶の世界

「紅茶の基準を正しく変えたい」ダージリン、アッサム、アールグレイ…日本でもよく知られる紅茶の茶葉が、高級感のあるパッケージに包まれて有名デパートや高級スーパーの棚を飾っています。それらの紅茶を買い求める人の多くが、ブランド名に惹かれて手にとっているのではないでしょうか。どのくらいの人が「おいしい紅茶」の基準をもっているのでしょうか。

「カレルチャペック紅茶店」オーナー・山田詩子は、ティーテイスターとして、そしてブレンダーとして、その確かな舌と豊かなアイデアで「紅茶のおいしさと楽しさ」を提案し続けています。
山田:「ワインや、今ではコーヒーも、お客様自身がおいしさの基準をもち、高価なものとそうでないものとを区別し、シーンで使い分けて楽しんでいます。でも、現状の紅茶にはおいしさの基準がなく、ブランド名で価格やおいしさまでも左右されてしまう。それは、世の中においしい紅茶がほとんどなく、おいしさの基準がないから。なので私は、紅茶のおいしさの基準をつくりたい。」

旬の茶葉の良さを生かした
紅茶を追い求めて

山田:「おいしい紅茶が少ないだけでなく、おいしい紅茶の味を知っているテイスターやブレンダーが、日本ではまだまだ少ないと思う」
紅茶メーカーの多くが「ブランドの味」を保持することに注力しすぎるあまり、「品質の良い茶葉をどう生かすか」が疎かになりがちなのでは、と紅茶業界に警鐘を鳴らします。
山田が届けたいもの、それは「茶葉の良さを本当に生かした紅茶」なのです。

そんな山田が国分寺に紅茶専門店をオープンさせたのは1987年のこと。
大学卒業後に何か「商売」をしたいと考えていました。そんな折、偶然にも素敵な空き物件と出会い、すぐに「紅茶専門店」をはじめました。
母親がおやつ好きで、子どもの頃は必ず10時と3時におやつの時間があった。幼い頃から、スコーンやケーキに合う飲み物として、自ら選んだ紅茶を飲んでいました。
山田:「趣味嗜好は人それぞれ違うもの。でも味覚については誰もが『おいしいものが好き』で共通しているでしょ。だから私にとって身近な嗜好品の紅茶を商売にして、マニアックにこだわっていこうと思ったんです」
幼い頃から「紅茶」は生活の中にあり、ビジネスとして紅茶の世界に手を伸ばしたのは、ごく自然な流れでした。

「最高の一杯」のその先へ
海外の茶園で「味と人」

「紅茶の味に、とことんこだわりたい」。そう言い切る山田は、多い時で1年に5回、スリランカの茶園に自ら足を運び、滞在中に数百杯もの紅茶をテイスティングする日もあります。
ティーテイスターの仕事は五感が勝負。豊富な知識と経験、そして「おいしさの基準」がなければ、微妙な味と香りの変化を見分けることはできない。
山田にとっての茶園訪問は、紅茶の買い付けや商談だけではない。茶園で働く人とのコミュニケーションを図ることも大切な目的の一つです。
茶葉の良し悪しはその年の天候だけでなく、生産者の「人」にも大きく左右されます。
「普遍的に美味しい茶葉は存在しない」と山田は言い切ります。おいしい茶葉をつくるのは自然と人。もちろんその年の雨量や気候も茶葉の味に大きく関係するが、何より「つくり手」の技術やモチベーションも影響する。だからこそ、茶葉を作る人とのコミュニケーションはテイスターとして欠かせないのです。

山田:「そもそも日本と海外とでは、軟水か硬水かの水質から違う。もちろん気候も違えば、紅茶の飲み方も違う。インドのようにお砂糖をたっぷり入れて飲む習慣の国もあれば、イギリスのようにミルクを入れるのが当たり前の国もある。でも日本はストレートで飲む人も多いでしょう?」
「この茶葉をストレートでも美味しく飲めるように」「軟水でも美味しく抽出できるように」と、海外の茶園でテイスティングをするとき、常に頭の中にあるのは、「日本のお客さまに最高においしく飲んでもらうにはどうすべきか」。
よりおいしい一杯のために「もっと」「さらに」と、茶葉のつくり手に投げかけ、時に一緒に悩み、さらなる最高の一杯を生み出していく。

お客さま目線で紅茶を味わうテイスティング方法
「カスタマーズ・ウェイ」

東京・吉祥寺の本店2階には、自然光が差し込むサンルームのような部屋があります。ここは海外で買い付けた茶葉の水色と香り・味を見極めるテイスティングのための部屋。

ここで行われるのは、とてもクリエイティブな作業。ひとすくい茶液を空気とともに、「ズッ」と音を立てて上顎に叩きつけるように吸い上げます。腔内で茶液を霧状にすることで、香りと風味を正確に判断できるのです。茶葉の味を確認し、どのようなブレンドにするかの商品イメージを膨らませていきます。

続いて山田はティーカップを用意。「カスタマーズ・ウェイ」という、お客さまと同じ気持ちと立場で紅茶を味わう独自のテイスティングスタイルで、改めて香りや風味を確かめます。

山田:「誰かとおしゃべりしながら、一杯の紅茶を30分や1時間かけてゆっくり飲むこともあるでしょう。冷めた紅茶でも美味しく飲んでほしいから、お客さま目線でのテイスティングは欠かせません」 専用のテイスティングカップでテイスティングした時は美味しく感じた紅茶が、ティーカップで飲んだ時や冷めた状態で飲んだ時には、別物のように味が変わることもある。 山田:「茶園で飲んだ鮮度の高い紅茶のおいしさを、いかにお客さまのティーカップの中で表現できるかに全力をかけてます」 「失敗した」そう思うこともたくさんある。しかしそんな失敗も全て山田のキャリアとして消化されています。

技術、経験、知識、想いの全てを
一杯の紅茶に注ぎ込む

山田の肩書きは一行では収まらない。ティーテイスター、ブレンダー、クリエイティブディレクター、そして絵本作家・イラストレータ。
カレルチャペックのパッケージは全て山田のデザイン。イラストも紅茶の世界を表現するための一つ。茶葉の美味しさ、スパイスや香料とのブレンド、パッケージデザイン…山田の技術と知識と経験が層になって生まれる紅茶には独創的な世界観が広がっています。

創業当時からある定番商品「ガールズティー」は、大人の女性のためのお茶会をイメージしたフレーバーティー。ピンク色のパッケージに描かれた二人の女の子のイラストや、ジューシーないちごの香りは、いくつなっても「楽しさ」や「かわいい」ものを好きでいたいという女性の気持ちを満たしてくれます。かわいくて、楽しい。でもそれは10代のあどけないハイテンションなものではなく、大人の女性だからこそ味わえるちょうどよい匙加減なのです。
山田が提案する紅茶の一品一品には「こんなシーンで飲んでもらいたい」というメッセージが込められ、「ティープロフィール」としてパッケージに記される。
ティーカップの中に広がる一つの世界は、商品によって異なる表情を見せ、新しい紅茶の魅力を教えてくれます。

自分の「好き」を素直に感じて、
自由に楽しく紅茶を味わってほしい

普段から友人を自宅に招いて食事会やティーパーティーを開く山田は、美味しい料理やお菓子、そして紅茶で人を喜ばせるのが大好きだと話す。

山田:「自分のおもてなしが、相手にどう響くか、どう感じてもらえるか。その反応を見たりするのが好き」
「おいしいお茶を楽しく」。カレルチャペック紅茶店のコンセプトであり、山田の生活の楽しみ方です。
「おいしい」も「楽しい」も感じ方は十人十色で、日々変化もしていく。ゴールがないからこそ、チャレンジし続けるのです。
一番好きな紅茶は何かという問いに、しばらく考えた後、「今の気分は」と前置きしてから「すごく鮮度の高いディンブラをホットで飲みたい」と答えました。
その時一番心地よく思えるものを選べばいい。紅茶の世界は「自分の好き」を自由に感じていいんだというのが山田の理念。それは紅茶をぐっと身近に感じさせてくれるだろう。

パッションとイマジネーションを紅茶に
これまでも、これからも…

「私の人生全て、紅茶に捧げてる」と話す山田は、プライベートでも紅茶のさまざまないれ方を試しては、その味の変化を確かめる。茶葉を大盛りで入れたり、蒸らし時間を短くしてみたり、逆に長くしてみたり。「なぜおいしいのか」「なぜおいしくないのか」、都度生まれる疑問の一つ一つを追求し、答えを見つけていきます。 こんな紅茶を作りたい、というアイデアとイマジネーションが、次から次へと湧き出してとまらないという山田。 山田:「たぶん紅茶に関してだけでも、やりたいことを全部やり尽くす前に、私の人生が終わっちゃうんだと思います」 そう話す視線の先には、おいしくてたのしい紅茶の世界が無限に広がっています。

カレルチャペック紅茶店オーナー。
ティーテイスター、日本紅茶協会認定ティーインストラクター、絵本作家、イラストレーター。

山田 詩子

1987年、カレルチャペック紅茶店創業。 確かな舌と独創的なアイディアで紅茶会を牽引する紅茶のクリエイター。 クリエイティブディレクター、ティーテイスターとして、情熱とこだわりを持って紅茶の買い付けから、新商品のためのブレンドまで一貫して手がけている。 絵本作家として約30冊の著作があり、紅茶のパッケージイラストには、その商品に込めた世界観が描かれている。